○魚はなぜミミズを食べるのか −魚の補食行動と餌との関係についての考察−

 「魚がなぜミミズを食べるかわかる?」といきなり聞かれた場合、相当魚の生態に詳しい人でもとっさに的確に答えることは難しいだろう。

 まず、質問の意図が「陸の生物であるミミズをなぜ水中の生物である魚が食べ物だと判断できるのか?」という趣旨なのか、それとも「なぜあんな不気味な生き物を食うことができるのだ?他にも食うべきモノはいくらでもあるだろう。」(註1)という驚嘆からの質問なのかとらえ方によって切り口がいくつか考えられること、さらに実はこの質問が魚がいかにして餌を見つけだし、そして食べるという行動を起こしているのか、その行動様式はどのようにして得たものなのかという魚類の補食行動の本質を説明しないと答えられないような根本に関わる質問だからだと思う。

 当方もいきなり聞かれてしどろもどろになった。お子さまからのご質問だそうで、聞いた本人もどう答えるべきか思案されているとのこと。

 当方思いつくままに「ミミズは高蛋白栄養豊富なんで健康にいいから食べるんです。」とか「細長いから物理的に食べやすいけど、長い分総量は多いから1匹食べると短い生き物を食べるより多くのエネルギーを得ることができるから、細長いモノは一般的に魚が好きだと言われてるんです。」とか、「見た目口に入りそうで動いてて、臭いもするからとりあえず食べるという行動起こすんです。」とか、与太話も交えながら説明しているうちに「じゃあなぜ黒鯛はスイカを食べるの?」という話あたりから脱線して、「スイカが採れすぎたとき海に蹴り込むと、それをもともと腐りかけた植物質の餌も好きな黒鯛が食べて、沢山食べるとそのうち学習してスイカ好きの黒鯛になるんデス。ちなみにミカン栽培の盛んな和歌山ではミカンを餌に釣るんデス。」とか言ってると「じゃあ青森ではリンゴで釣れるね。」とか「沖縄のクロダイ(ミナミクロダイ)はゴーヤーかパイナップルで釣れるはずだ。」とか収拾がつかなくなり結局わかったようなわからないような話で終わってしまった(註2)。

 とりあえず私の口からでまかせに近い説明も当たらずとも遠からずだと思うが、もうちょっとわかりやすく整理してみたい。

 まず「栄養豊富だから」という認識の下に魚が餌を食べることはあり得ない。魚の脳は思考するほど複雑な機能を持っていないとされている。パブロフの犬的ないわゆる「学習」がいっぱいいっぱいだと考えられている。魚が「最近疲れ気味だからミミズでも食べて精つけるか。」などと考えてないことは明かである(註3)。

 しかしながら、魚に限らずすべての動物にとって、いかにして生きていくためのエネルギーや栄養を得るため、餌を見つけて食べるか、ということは最も重要な課題の一つである。もちろんできれば栄養豊富な餌をできるだけ効率的にゲットできればそれにこしたことはないだろう。というか、そういった効率的に餌を得る手段を持ちえた動物だけが、厳しい適者生存の自然界で勝ち抜き、生き残って子孫を残すことができたのだろう。

 寄生虫のように栄養豊富な他の生物の体内で楽して栄養を得るという生き残り戦術を持つている例外もあるものの、普通動物は、いろんな手段で餌以外のものと餌となるものを区別し探し出して一生懸命食べている。

 魚が餌を探し出す主な手段としては、目で見たり、音や水の動きを側線等で感じることや、水に溶けた臭いや口やヒゲに触れたときの味を感じることなどが知られており、その結果感じた特定の刺激にたいして「食べる」という反応を起こすと考えられる。

 これらの餌を探し出すための感覚的な手段は、その生息する場所や食性等に応じて、それぞれの魚によって適したものが発達し使われている。

 つまり、小魚やエビなど動く餌を探し出して食べる魚は、澄んだ水の中に棲んでいれば目で見て探す能力が発達しているし、濁ったところに棲んでいたり夜活動する魚であれば音を感じて探す能力が発達しているだろう。また、植物質のものや死がいなど動かないものを餌とする魚であれば、臭い等に対する能力が発達しているはずである。

 さらに、前述の「魚は細長い餌が好き。」で述べたような、同じ食べるにしてもより効率的にエネルギー等を得られるように、また食べてはいけない毒物等については餌として食べないように永い進化の歴史の中で得た生まれつきの反応基準があるのだろうし、「スイカ好きのクロダイ」に見られるように学習により普段よく食べている餌に対しては良く反応するということもあると考えられる。

 こういった視点でミミズを検証してみよう。

 まず、ミミズは冗談ではなく実際に栄養豊富であることが知られており、完全な植物食性の魚以外の魚食性や雑食性の蛋白質を分解し栄養とすることができる魚の餌としては申し分ないものだと考えられる。

 ただ、残念なことにミミズは陸上(と言うか土中)の生物であり、雨の日に歩き回って川に落ちたり、崖が崩れたりして流されない限り魚のいる水中にはやってこない。

 しかしながら、たまに流れてくるミミズを、見たことないから食べないという食わず嫌いでいるとみすみす栄養豊富な、しかも普段土の中にいるため水中ではこれといった保護色も武器も逃走手段も持たず、たやすく見つけて食べられるはずの餌を見逃すことになる。

 ところがそうはならず、多くの魚はミミズの派手にニョロニョロ動く様や、細長く食べやすそうな形、強い臭いには反応して「食べる」という行動を起こすような行動様式を身につけて、「おいしい」餌を見逃さないことにより生き残り子孫を残してきているようだ。

 ミミズが餌として選択される要素を強く持っているのと同時に、ミミズのような餌を魚が選択し食べるために、そういった要素を感じとり反応する能力を発達させてきていることが「魚はなぜミミズを食べるのか」の答えであろう。

 正確には、そういった能力を得た魚が淘汰の結果生き残ったというべきか。

 いずれにせよ、「魚は餌を探し出して食べるため動きや臭い等を感じる能力を発達させていて、水中のミミズは魚が餌だと思って食いつくような動きや臭いをしているから。」ということである。

 それぞれの魚種の生態等に適する形で、必要とする餌の刺激にたいして反応して「食べる」と言う行動を起こすという単純な仕組みで魚たちは今日も餌を食べ生長し子孫を残していく。

 たまに、餌に似せた刺激を備えたルアーに釣られちゃったりもするが、人間もご大層に大脳まで発達させてみたものの、結局、本来栄養豊富で安全な餌を選択するために発達した味覚を化学調味料にごまかされてジャンクフードを食べさせられており、結局「食べる」と言う根本的なところでは魚からそれほど進化できなかったんだなと反省するしだいである。

 

(註1)ミミズは釣具屋で買うと結構なお値段がする。都市伝説で「ミミズバーガー」なるモノがあったが、そんな高級な食材使ってたらマ○○の経営成り立たない!ほかにいくらでも安い肉はあるだろうというのが、つっこみどころ。

(註2)ミカンまでは聞いたことがあるが、その他は未確認。情報求む。

(註3)ミミズは精力剤というよりは熱冷ましとして使われる。漢方で言うところの「地龍」

(2008.3)  

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