○君の名は ー「種」とはなんぞやー

 

 先日、霞ヶ浦の流入河川で小物釣りをしていたところ、オオタナゴやブルーギルに混じって、3センチほどの良くハリにかかったものだと感心するようなサイズのハゼの仲間が釣れました。(註1)

ハゼの一種(名も知れぬハゼ)

 確か「ビリンゴ」とかいうハゼかその仲間だけど、このてのハゼの仲間は似たような種類が多くてややこしいんだよね。と思い家に帰ってから調べたところやっぱりややこしかったです。

 どうも、ジュズカケハゼとビリンゴとシンジコハゼというのが近いように思います。シンジコハゼはその名の通り宍道湖のハゼなので違うとして、さて自分の釣ったハゼがビリンゴなのかジュズカケハゼなのかというと、見た目ではどうもよく分かりません。(註2)

 ネットなどで調べても、見た目では区別しにくく同定には顔の感覚孔(水の流れとか振動を感じる器官、測線とは別)の違いで判断するようです。そうなると感覚孔を染料で染色してルーペで観察でもしないと同定は無理です。そんなモン天皇陛下でもあるまいし(註3)素人の私にできるわけがないのであきらめて、とりあえず昔ビリンゴ1種だったのをジュズカケハゼとに分けたときには、感覚孔の有無の他にも淡水域にジュズカケハゼが汽水域にビリンゴがというように生態の違いもあって分けたようなので、淡水域で釣ったこの魚はとりあえず「ジュズカケハゼ(ビリンゴ?)」としておきました。

 しかし、ネットの情報などを見ているとどうも、淡水、汽水で割り切れないようでどちらも汽水域にも淡水域にも出現するようです。わが家にある図鑑にもそう書かれています。さらには感覚孔の違いも決定打ではなく変異が多いのだとか・・・ムムムそうすると、判別することは不可能なのではないか?という疑問が湧くにいたります。ということはそもそも種として分けることが出来ない。つまり同種なのではないかという疑いが湧いてきます。

 

 ここで、「種」という概念とその定義を確認しておきましょう。

 生物学的には「種」は形態や生態により、他の生物集団から区別できる生物集団であり、同一の種内では交配して子孫を残すことができ、他種とは遺伝的に隔離されている。というのが一般的な種の概念で、最後の「遺伝的に隔離されている」ことは「生殖隔離」とよばれたりして種の定義とされています。

 

 この「種」の概念から考えて、ジュズカケハゼは、ビリンゴと「感覚孔」という形態及び「生息する環境」という生態が異なるとして、新しい種として研究者から報告されたものと思われますが、どうもその報告で調べた事例では分けられると判断できたのかもしれませんが、ネットや図鑑の情報から見る限り実体上はそうきっちり分けることが出来ない、中間的な事例や例外がたくさんあるように思います。この私の感触が当たっていれば、ジュズカケハゼとビリンゴは同一種ということになります。

 

 最近はDNAを調べることにより、まさに遺伝的にどのくらい離れているかを確認する方法がありますから、ジュズカケハゼとビリンゴについてそういった手法での研究が進んでいればその報告を読んでみたいものです。

 形態や生態の変化は、環境の変化等によりかなりすみやかに引き起こされることもあるらしいので、一定の確立で偶然生じる遺伝的な突然変異により、どれだけDNAに変化がもたらされたかを調べる手法のほうが、種としてどれだけ異なっているか等を調べるには優れた手法だとされています。(註4)

 

 最近こういった遺伝的(生化学的)な手法を用いて、アオリイカとメバルがそれぞれどうも3種に分かれるようだと報告されたのは、釣り人にも結構興味深い話だったと思います。

 いわれてみれば、せいぜい1キロいけば大型の普通にみられるアオリイカと、小笠原とかで釣られている2キロを超えるようなイカが別物だというのは納得できる話です。

 

 ただし、こういったように2つの生物集団のタイプ間に明らかに差がみられる場合でも、2つのタイプの間を埋めるような中間的なタイプがいて連続的に変化するような場合はそれらは全部含めて同じ種と分類されます。切れ目がないので種として分けることが出来ないということだと思います。イワナがその代表的な例でしょう。アメマスタイプ、ニッコウイワナタイプ、ヤマトイワナタイプが主なタイプですがそれぞれの典型的な個体を持ってくると、ニッコウイワナタイプに比べアメマスタイプは白斑が大きく目立つし、ヤマトイワナタイプは黒っぽくくすんだような模様で明らかに見た目で判るぐらい違います。しかし、それぞれの中間的な個体もいてこれらはイワナとして1種類と分類されています。

ニッコウイワナタイプアメマスタイプ

ヤマトイワナタイプ(ニッコウ、アメマス、ヤマトの各タイプ)

 「種」というものはきっちり分けることの出来る概念のように思われがちですが、実はかなり線引きが難しいというか、アナログできっちりと線が引けないところもあるモノだと私は理解しています。

 何しろ、生物というのは変化するのがその大きな特徴で、現存の生物も日々進化しつつあるといって良い状態であり、ものによっては今まさに新しい種に分かれようとしている中途半端な状態であってもちっとも不思議ではないでしょう。

 そういうわけで、定義に従って分けるにしても、分けるときに使った手法や調べたサンプルを集めた範囲や数によっては結果が違ってくることは容易に想像できます。よって「種」をめぐる分類の世界では、決着が付かずいろんな説があって大変ややこしい状況があったりします。

 

 それにしても、新しい「種」を報告するのは新種発見ですから、割と一生懸命取り組まれているような気がしますが、別の種とされているのが実は同じ種で異名同種(シノニム)であるというような整理はなかなか進んでいかないような気がします。同定できないような種は整理しちゃった方がいいんじゃないの、と素人同定マニアは釣った魚の同定に失敗した腹立ちから思ってしまったりします。

 

 ということで、ご説明したように魚の種を同定することは非常に難しいんです。(註5)だからこそ私は、種ごとの細かい違いを知ったうえで、きっちりと同定することは逆に面白いと感じるし燃えるのです。萌え〜。

 

 同定の例題としては、マサバとゴマサバの同定というか判別なんていうのは、玄人好みの渋い「お題」です。「マサバとゴマサバなんてわかんなきゃ素人でしょ!」と思っているあなた、そんな強気で大丈夫ですか?

 模様なんて稚魚のころはわかりにくいですし、死んでしばらくしないと模様がはっきり出ないこともありますからね。釣り人がマサバだと思ってクーラーに入れていた魚が帰ったらきっちり測線より下あたりまでゴマ模様の入ったゴマサバに化けてたなんて話も聞きますよ。意外に間違えないのは全体のプロポーション。パッと見て平たかったらマサバ、筒状の円筒形ならゴマサバ。でもこれも稚魚とかには通用しません。確実なのは背鰭の棘(棘条)の数を数えることです。10本以下で普通9本がマサバ、11本以上ならゴマサバです。

 

 というように、間違いなく同定しようとすると、棘の数やら数える必要が出てきて結構めんどくさいのですが、人間の能力というものは大したモノで、その魚とのつきあいが長いと棘の数など数えなくてもほぼ100%の確立で見分けがつくようになります。マサバ、ゴマサバも魚市場の関係者などは模様が出ていなかろうが、多少小さくて特徴が見分けにくかろうが、おそらく一瞬で見分けます。なにせ値段に関係しますからね。そして何が違うのか聞くと「そりゃ、顔が違うだろ」と見分け方を説明できず、本人も意識しない何らかのパターン認識を自然とやっているであろうことが想像される状態だと思います。

 

 私も、釣り人ですからそういう「顔見知り」の魚が何種類かあって、いわゆる自慢話ですが、背鰭の軟条(鰭のスジ)を数えなくても、カムルチーとタイワンドジョウ(ライヒー)の判別は出来ますし、測線数や尾鰭の違いを見なくてもアイナメとクジメの判別はそれこそ「顔が違う」のでできます。

カムルチーライヒー(カムルチーとライヒー)

 

 世の中には、私のささやかな自慢など屁でもないような判別をやってのけるプロ中のプロがいるという伝説めいた話も聞きます。フクで有名な下関の南泊市場には、外見上判別はつかないとされるトラフグの雄雌を100%判別する人がいるとか、とある研究機関には魚のおなかのふくれ具合で「こいつ明日産卵します。」とか的確に予測する種苗生産の技術者がいるとか、いずれも仲間のプロの人間も理解できない特殊技能だそうです。素晴らしいの一言です。

 

 私も魚好きの端くれとして、そういうプロの域までは無理としても、せめて釣った魚の同定ぐらいはきちんと出来るようになりたいなと思うところであります。

 

 これからも精進いたします。

 

 

(註1)以前、この手のハゼの仲間の佃煮を霞ヶ浦のそばの佃煮屋さんで買って食べましたが、なかなかオツな味でした。ちっちゃいけどさすがはハゼの仲間。美味です。

 

(註2) 他にもウキゴリなど似たようなハゼの仲間もあり、さらには別のハゼの稚魚の可能性もあり2種とも不正解の可能性あり。

 

(註3) 陛下はハゼ科魚類の分類に関しては専門家であらせられます。

 

(註4) 「形態の変化はすみやかである」と打とうとすると「携帯の変化はすみやかである」と変換されてしまいます。というような話はどうでもよいのですが(私の文章は概ねどうでもよいのですが)、このDNAを使った手法で調べるのには、蛋白質を作る指示をコードしたりしていない意味のない部分もよく使われるようです。意味のある部分だと突然変異で生じた変化が致死的なモノだとその変化はDNAとして残りません。違いを調べるには一定の確立、頻度で起きているであろう突然変異がその種の生存に影響を与えず残っていると考えられる意味のない部分も意外に適しているのだそうです。

 

(註5)と私の名誉のために書いておこう。

 

 

<参考>

「日本産魚類生態大図鑑」東海大学出版会

池田清彦「新しい生物学の教科書」新潮文庫

「イカ・タコガイドブック」TBSブリタニカ

「長野県水産試験場」HP

「ゴビウス」HP

 

(2008.6)  

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