○君の名は その3 −チカとワカサギとタヌキとキツネ−
冬、三陸の港で実は三陸産のアミコマセ(ツノナシオキアミ、ちっちゃい粒の方のアミブロックはこれ)をチビチビと撒きながら、当地でワカサギと呼ばれる標準和名でいうところのチカ(Hypomesus pretiosus japonicus)とたわむれるのは、海底まで透き通る冬の三陸の海の中をコマセに寄せられてやってくるチカを見ながら、一本バリ仕掛けなら食った瞬間を目で見て合わせたり、サビキならサビキの上下に合わせて右往左往する様を愛でながら釣ったりと、寒いながらも熱中してしまう面白さがある。
このチカ、ワカサギ属で、もともと汽水産の標準和名でいうところのワカサギ(Hypomesus transpacificus nipponensis)とは近い関係でもあり、とても似ている。三陸ではチカでも通じるが「ワカサギ」の方が通りが良いぐらいで、標準和名ワカサギのほうも海に下ることもあり、これまで混同してなかったか正直自信がない。
チカは「ワカサギ」のイメージでいるとビックリするぐらい大型化する魚で、あの形で手のひらぐらいにはなるので別の種類の魚なんだなと実感するが、「ワカサギ」も北の方では越年して15センチぐらいにはなるようで、いずれにせよ似ていて紛らわしい。
一度写真撮って並べて、見分け方を整理しておいて、次回からは明確にどちらが釣れたのかおさえておこうと、「ワカサギ」の写真を撮って、後は正月休みにチカ釣ればOKという状態で正月休みを東北ですごしたのだが、なんとチカボウズ。
ということで、同居人のお兄さんに釣れたら写真撮っておいてとお願いしたところ、早速、釣りに興味を持ち始めた長男君と出かけて釣ってきたとのことで写真提供頂いた。
上が、越喜来湾産のチカ、下が千葉県ダム湖産の標準和名のほうのワカサギ(以下ワカサギ)。
よくあげられる相違点である、背ビレの前端と腹びれの前端の位置の比較は確かにはっきりする。チカの腹びれは背ビレ前端より後ろから始まる。逆に、ワカサギの腹びれは背ビレの前端より前から始まる。
しかし、こうして並べてみると思ったよりも別の魚で、並べればパッと見て別種と分かる気がする。
チカのほうが顔が小さい感じがするという微妙な違いもあるけど、検索図鑑見ていくとチカとワカサギを分けるポイントは体の縦(魚の場合背骨の方向)の鱗の数で、チカは64〜69、ワカサギは60以下となっている。そんなめんどくさいモン数えられるか!と突っ込んでしまうが、並べてみたときの鱗の細かい感じは確かにチカの方が鱗多い感じであり、意識して見て眼力養っていけば、充分見分けるポイントとして使えるかもしれない。
というわけで、チカとワカサギの見分け方は、まず間違いないのが背びれと腹びれの位置を比較。あとは鱗が細かいのがチカ、というのが分かるぐらいに目を肥やせというところだろうか。
ついでに冬休みの宿題もういっちょ。キツネメバルである。キツネメバルという標準和名について、あんまり良い名前じゃないなということで、顛末記に以下のように書いた。
「メガラは標準和名だとウスメバル、マゾイは標準和名だとキツネメバル。キツネメバルってどこでそんな呼び方してるのか聞いたこと無い変な標準和名。見た目クロソイの尾びれの先が白い感じでメバルじゃなくてソイだろという感じでマゾイのほうが良い名前だと感じる。「マ」とつく魚は本家的な扱いで一番美味いとされているセオリー通りの名前で三陸方面ではベッコウゾイことタケノコメバルを抑えて食味人気ナンバーワンの実力派である。ウスメバルはソイじゃなくてメバルっぽいごつごつしてないメバル顔なのでそれなりに標準和名でもしっくり来るが、キツネメバルはキツネと名前に付く魚は鼻先がとがっているというセオリーにも反しているし、みんなでマゾイで押し切って標準和名にしてしまおう、とここで提案しておきたいぐらいである。」いったいどこでキツネメバルって呼んでるんだと調べてみた。こういう時ネットは便利。鳥取県での呼び方らしい。しかしその鳥取県産のキツネメバルの写真を見て、あまり触れないでおこうと思っていた、キツネメバル、タヌキメバル問題が頭にもたげたので書いておくしかない。
キツネメバルとタヌキメバルの判別の仕方は「尾びれ後縁の白色帯が非常に狭いかほとんどない」場合キツネメバルとされている。何じゃそりゃである。普通こういう模様が広い狭いや点の大小なんかは、体幅の何%以上とか目の直径より大きいか小さいかとか基準がある。だって無いと判別できないんだもん。この判別基準で2種に別れると論文書いた研究者とそれで良いとした学会の責任を問いたくなるようないい加減な説で、実際最近はキツネメバル、タヌキメバルついでにコウライキツネメバルは「1種でいいんジャネ?」という説も提唱されているようである。常識的に考えてそういう説があって当然だと思う。後はDNA鑑定でどう出るか(コウライキツネメバルは鰓耙数が違うので別種臭い)。
東北で釣れてくるマゾイを「キツネメバル」と同定した根拠は、正直、みんながそう言ってるからであって、タヌキメバルと判別できたからではない。最初に釣った時にあれこれ調べて、唇の上に被さる「涙骨」の棘がとがってないことから、涙骨が三本棘状のクロソイとは明確に判別できたものの、タヌキメバルとの違いは基準がそもそも前述のように曖昧なので判別付くわけがなく、三陸で普通漁獲されるのがキツネメバルということなので、キツネメバルということにして、はっきり言ってタヌキメバルなんてのは無視していた。
まあ、後はDNA鑑定で、「タヌキメバルは無しよ」とそのうち整理されるんだろうなと思っていたのだが、「キツネメバル」と呼ぶ地域を調べていて、島根だとたどり着いてその島根の「キツネメバル」写真を見て思いっ切り違和感が走った。これはオレの知っているキツネメバルではない。
当方の知っているキツネメバルは下の写真のように、クロっぽい縞とまでは行かないけど帯が2本とその間に白っぽい部分があって、背びれ尻びれ尾びれの後端は白く縁取られる。タヌキメバルも同様の色調で尾びれの端の白い部分がもっと太いらしいが、見た目はほぼ同じ印象である。
ところが、島根のキツネメバルは黒褐色が強く東北のキツネメバルほど白っぽい部分が無く色の薄い部分もむしろ黄色っぽい感じの色調。島根の人の感覚ではこいつがキツネなんだろう。黄色っぽいからか?
これが「キツネメバル」で、東北でマゾイと呼んでいるのと、ついでに北海道にいるらしいタヌキメバルと呼ばれるのとも違うというのであれば、むしろ合点がいく。
ようするに便宜上勝手に名付けると、「島根キツネメバル」と「マゾイ型キツネメバル」とよく分からんけど「タヌキメバル」がいて、今図鑑では前2者を「キツネメバル」とする説に基づいて整理されているけど、本当はそれらは全部1種の色違いという可能性はもちろん有るんだけど、「島根キツネメバル」が1種で後者2種の「マゾイ型キツネメバル」と「タヌキメバル」が同種というパターンも有りかなと、写真で魚の顔を見る限り思うのである。
DNA鑑定で「島根キツネメバル」のみ別種という結果になったら、キツネメバルの模式標本(最初に名前付けた時の個体の標本)がどういう魚かという問題はあるけど、「島根キツネメバル」をキツネメバルに、「マゾイ型キツネメバル」と「タヌキメバル」は是非「マゾイ」で標準和名を統一しちゃって欲しいモノである。学名の方は先に報告された名前優先とかルールどおりに付ける必要あるけど、標準和名はある程度適当でいいんだから、整理する際には「巷間に流布」するような親しみやすい常識的なのにして欲しいモノである。
たまに、「この魚の正しい名前は?」と聞かれることがあるが、「正しい名前」として例えば標準和名を答えると地方名が「正しくない名前」であるかのようなので、「正しい名前なんてものはないんです、このあたりでは●●と呼ばれていてそれが間違いではないですが、図鑑に載るような標準和名なら●●です。学術的に正しいという意味でならそれはラテン語表記の学名ですが、それは私も調べないと分かりません。」というような回答をすると、ポカンとする方も多いけど、方言が間違っていて標準語が正しいとするのと同じぐらい、地方名が間違いで標準和名が正しいなんてのは、おこがましいというか、ちゃんちゃらおかしい気がするのです。
学術的な正しさを求めるなら確かに学名だけど、そんなラテン語表記で魚の名前書くのは学者が論文書く時と当方のようなマニアがうんちく語る時ぐらいで、あんまり必要ないでしょ。あとは、熱帯魚マニアがいい加減につけられてるインボイスネーム(伝票名の意、流通名、スーパーとかブリリアントとかギャラクシーとか大仰なのが多い)にうんざりして「で、この魚、結局学名だと何なのよ」と熱帯魚屋に詰め寄る時ぐらいだろうか。
標準和名が無いと日本中魚も流通するから不便だけど、地方名でその地域の人がお互いそれで分かるのならそれで問題無いし、そうあるべきだと思うし、旅人はその名前を聞いて「遠くへ来たんだな」と旅情を楽しむなんてのが、実に正しいあり方ってモンだと思います。
<参考>
「日本産魚類検索」東海大学出版
「日本産魚類生態大図鑑」東海大学出版
(2014.1.13)