○魚に対する愛が足りない

 

  「愛とはその対象をもっと知りたいと思う気持ちである。」てなことをどっかの哲学者が言ってたような気がしますが、魚を愛する魚オタク野郎である私も魚のことをもっと知りたいとやはり思うもので、昨今の雑学ブームに乗っかって各種出版されている魚関係の雑学の本など買って読んでみるのですが、どうも似たり寄ったりで面白くないものが多い。なぜ面白くないのか、理由は3つあると思います。

  1つは「生きた知識じゃない」場合が多いこと。つまりどっかから借りてきた知識を紹介するだけだと結局基ネタが判ってしまうようなありがちなネタにとどまってしまうということだと思います。経験や長年の研究からしみ出たようなネタは同じネタを扱っていてもおもしろみが違ってきます。水族館の飼育員の方や研究者の方が書いたものはその人なりの視点が染み出してきていたり、聞いたこともないようなネタが飛び出したりして楽しめます。

  2つめは「一般人向けに書かれている」ことだと思います。本をたくさん売るためには当然でしょうが、オタクとしては一般向けの内容じゃあ物足りないのです。じゃあオタク野郎は専門書を読んでいればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、もちろん詳しいところまで調べたいときなどは専門書や論文にあたればいいのですが、偉そうなことをいいながらも一つの分野の専門家ではないオタク野郎の場合、どちらかというと専門的な深い知識を完全に理解するより、広ーく浅ーく面白いことは何でも知っていたい。だけど通り一遍の知識じゃ満足できないという贅沢な欲求を持っているのです。

  3つめは、これが私にとっては一番大きいのでは無いかと思いますが「つっこみが浅くて何の役にも立たない」こと。これはそもそも雑学というのはそういうもので何かの役に立つ雑学など雑学としては邪道だと思われるかもしれません。しかし魚オタクが欲しているのは、魚の真実を知るために、もっとかみ砕いていうなら「釣りの役に立つ」、「旨い魚を食べるのに役に立つ」、「魚を飼うのに役に立つ」しかもちょっと驚くような楽しい知識です。クイズの問いと答えのような1行で終わっちゃう簡潔な雑学では満足できんのです。

 例えば「アジアアロワナ(注1)は口の中で卵を孵し稚魚を保護する。」という雑学があったとします。これだけではほとんどなんの役にも立ちませんが、もっとつっこんで「アジアアロワナは口の中で卵を孵し稚魚を保護する。これは、アジアアロワナの棲む熱帯アジアの川や池には泳ぎの速い魚など、稚魚の驚異となる多くの天敵がいる。それらから稚魚を守るためにアジアアロワナは進化の中で口内哺育という習性を身につけたと考えられるのではないだろうか。このように天敵の多い環境で稚魚を育てるためだと思うが、繁殖行動に関してアジアアロワナの親はとても警戒心が強く通常の観賞用の水槽ではなかなか繁殖行動を起こさない。しかしながら、ある著名な研究者は、親たちの警戒心を解くため水槽の設置してある部屋に一切入らず、カメラによる離れた場所からの観察により管理等を行い通常の観賞用の水槽で初めてアジアアロワナの繁殖を成功させた。」までいけば、アジアアロワナを養殖して一発儲ける気はないにしても、自分ちのペットの魚を増やすときにも、あんまり親を驚かしちゃいけないというように、ヒントになる話です。しかも、カメラでの遠隔管理という常人にはとても思いつかないような手段を考え実行した研究者の飽くなき探求心にちょっと驚き、そこまでつっこんだ彼の魚への愛をひしひしと感じることができるでしょう。

 「つっこみが足りない」ということは、つまり「もっと知りたいと思う気持ち=愛」が足りないということじゃないでしょうか。私はつっこみ足りない雑学には満足できません。

 

 「つっこみ」が、すなわち「愛」が足りないと切に感じるのは何も「雑学本」だけではありません。生物の教科書にも愛の砂漠地帯といって良い惨状を感じます。

 我が家には熱帯魚を飼育している水槽があり、以前その水槽でアメリカンフラッグフィッシュ(注2)というメダカの仲間の魚が産卵しました。

 夕方照明を落とした後、オスがメスを追いかけ始め、そのうち2匹が横に並ぶようにして水草に卵(註3)を生み付けていきます。

 そのときオスは、背びれと臀びれ(註4)でメスを包み込むようにして雌が卵を産むたびに精子をかけて受精させていきます。こうすれば少ない精子で確実に卵を受精させることができるし、他のオスが精子をかけようとしてもブロックできるでしょう。(註5)

 卵を産むメダカの仲間は美しい種類も多く、熱帯魚の中でも1つのジャンルとして確立しマニアもいて、名古屋にはメダカメインの水族館があるほどです。

 そういった熱帯に棲むメダカの仲間では、私が観察したようにオスが背びれと臀びれを使ってメスを包むようにして産卵することは良く知られています。なんとオスはそのためにメスよりも大きな背びれと臀びれを持っています。

 私もそういった知識を持っていたので、アメリカンフラッグフィッシュの産卵シーンを興味深く見守りながらも、ある種あたり前のこととして観察していました。

水槽(我が家の水槽)

 しかし、ふとした瞬間、私の頭の中に生物の教科書の1ページが思い浮かび、「そうか、そういうことだったのか、なぜそれを教えてくれなかったのだ!」という憤りと、思わぬことに気付いた衝撃が頭を駆けめぐりました。

 教科書にはメダカのオスとメスの見分け方が図で説明されていました、オスは臀びれが平行四辺形のような形で大きく、メスの臀びれは三角形のような形でオスよりは小さいことで見分けられると説明されていたように記憶しています。

 正味、魚オタクの私だからたまたま覚えていたのだと思いますが、普通ヒレが三角だろうが、四角だろうがどうでも良いことで、試験が済むまで記憶力の良い人間は覚えていて、その後は忘れてしまうような何の意味もない「暗記科目」の一事項に過ぎないと思います。

 「つっこみ」が「愛」が足りないから、このような無味乾燥な教科書の表現になるのでしょうが、本来なら、メダカのオスの臀びれがメスより大きいことは、オスが産卵の時に背びれ臀びれでメスを包むようにして受精させるというメダカの仲間が生き残りのために得た巧妙な産卵方法に関連して生じる形態の違いで、自然の神秘を感じさせるに価する面白い事柄だと思います。

 

 私自身、何度もメダカを飼育して増やした経験があるにもかかわらず、さらに熱帯魚のメダカも日本のメダカもメダカの仲間に変わりなく当然同様の産卵行動を行うことはちょっと考えれば思い当たったはずであり、もっというならその程度のことはちょっとした図鑑や最近ではホームページでも紹介されていることなのに、そのことに気付かずにきたオノレの目の節穴ぶりに腹が立つと同時に、新しい発見に心のときめきをおさえることができませんでした。 

 生き物の世界ではメダカのヒレの形一つとっても、関心を持ちつっこんでいけば、感心するような進化の末の適応の妙にたどり着きます。

 生物の教科書でも、そのつっこみのせめて導入部ぐらいまでは我々をいざなってくれても罰は当たらないと思うのです。

 そうすれば生物はつまらない「暗記科目」ではなく、本来発見と想像を導き出してやまない真に創造的な科目であることをもっとたくさんの若い人たちに気付いてもらえるのにと残念でなりません。

  教科書にしても、雑学本にしても是非もっと愛を持ってつっこんでもらいたいものです。

 私が釣りをしたり、魚を飼育したりするのも結局のところ、大げさな表現かもしれませんが、魚に関するほんの小さな事柄からでも、生物の進化や生命の神秘に想い膨らませ、発見にうちふるえる快感を得ることができると思うからです。

 魚についてこれからも我が節穴の眼を見開いて、つっこんでつっこんでつっこんでつっこみまくって行きたいと想います。

 

 私は魚のことをもっと知りたいッ!

 

 

(註1)アジアアロワナとは・・・一般的な説明はめんどくさいので省略。華僑の人には観賞魚マニアが多いというイメージがあるのですが、アジアアロワナは彼らに龍魚として喜ばれています。アジアアロワナは体色の個体差が大きく、東南アジアでは露天の池などで養殖して美しい個体をより分けて育てたりもしています。赤色が強く出た「紅龍」、背中の鱗にまで黒い部分が少ない「過背金龍」等と名付けられたタイプなどは数百万円の値段が付いたりもします。希少な野生生物の国際的な商取引きを規制したサイテス(ワシントン条約)で規制され取引に証明書がひつようですが、日本にも輸入されているので結構見る機会はあります。

 三重県の「二見夫婦岩パラダイス」というひなびた良い感じの水族館では以前この高価な観賞魚を狙って泥棒が入り何匹か盗まれました。水槽から盗み出すにはおそらく釣ったのだろうというのがもっぱらの噂。

 同水族館では以前は上部が空いた水槽でこの魚を展示しており、ジャンプ力の優れたこの魚が飛び出してしまわないかとよけいな心配をしたことがあります。同居人は空いた上部から紙切れをひらひらさせて誘いをかけるという悪事をはたらいておりました。そして、アジアアロワナは期待に応えて迫力あるジャンプを披露してくれました。

 また、龍がいれば虎もいて、アジアの熱帯魚の世界では虎はシャムタイガーフィッシュ(タイの虎魚)ことダトニオです。縞模様が洒落ていてかっこいい魚です。こいつは実はルアーフィッシングでシイラ釣りする人には割となじみのあるマツダイと近い仲間です。最近分類が混乱してるようですが、昔は一緒にロボテス科に分類されていました。

 攻撃性の強いアジアアロワナとも一緒に泳がせて比較的ケンカになりにくいダトニオはアジアアロワナと良く一緒に飼われています。風水的にも龍と虎とで最強だと信じられているそうで、いかにも華僑の人たちが愛する魚らしいエピソードだと思います。

 熱帯魚で虎というと、アフリカのタイガーフィッシュも釣り人なら忘れてはいけません。

 

(註2)アメリカンフラッグフィッシュとは、アメリカはフロリダ周辺産のメダカの仲間で体に赤だの青だのの模様があってアメリカ国旗にちょっと無理矢理だけど似ているといわれるためこう呼ばれています。この魚を飼っていた時期はちょうどブッシュ政権のもとアメリカがイラクに侵攻したころで、日本が「ショウ ザ フラッグ」とかいわれていた時期でもあり見るたびにアメリカに対する複雑な感情をいだかずにいられませんでした。アメリカはいったいどうなっちゃうんだろう。

 

(註3)水草に卵をひっ付けるために卵には粘着糸と呼ばれるモノが生えています。サンマを食べているとたまに卵が入っていますが、この卵の食感が独特で、かみ切ると糸(繊維)を引き、細い糸がプチプチ切れるような感触がありなかなかオツ。

 サンマの卵にもメダカの仲間の卵のように粘着糸が生えていて海藻に産卵します。

 サンマもメダカもダツ目という同じ目に分類され、大きなくくりでは仲間ということを知ったときはなるほどと納得しました。

 

(註4)魚のヒレは、属にしっぽと呼んでいるのが「尾びれ」、背中にあるのが「背びれ」、魚体の側面、左右の鰓の後ろに普通付いているのが「胸びれ」、体の下側鰓の下から肛門までの間に対であるのが「腹びれ」、体の下側肛門より後ろ尾びれとの間にあるのが「臀びれ」。ひれは口とともにその魚の特徴が良く出る部位だと思います。

 

(註5)さらに極端な方向に発展して、確実に少ない精子で卵を受精させるため等々の理由だと思いますが、グッピー等の卵胎生のメダカの仲間では臀びれは管状に変化し交接器と呼ばれ、メスの体内に精子をわたす役割を果たします。

 

(註6)学生時代実験に使うために大量のメダカに産卵させていたにもかかわらず、メダカの産卵シーンを見逃していたのは、メダカの産卵が朝早くに行われるからだと思います。だいたい私が餌をあげる頃には産卵済みで。卵は産卵場所として設置している試験管ブラシか、メスのおなかのあたりにありました。

 

今回の反省:ええ歳こいたオッサンが「愛」などというコッパズカシイ言葉を乱発しすぎ!

 (2008.3)  

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