○スズキの戦略 −変化の時代を制するのはオールマイティープレーヤーの適応力か?−
生物の生き残り戦略を「専門的」か「適応的」かに分けるという考え方を目にしたことがあります。なかなか面白い視点です。しかもどちらかが優れているという単純なものではないようで、状況により勝ったり負けたりであり、ほどほどに「適応的」とかの中間型もあり、生物はそれぞれ多様な環境に対応して独自の戦略を発達させてきているようです。
何のことか分かりにくいと思いますので、事例を示しますと「専門的」な生物の典型として、魚ではシギウナギが思い浮かびます。
彼等はサクラエビに代表される、ヒゲの長い(註1)遊泳性の甲殻類を専門に食べていると考えられています。
シギウナギはいわゆる深海魚の一種で、その上下に反りかえってしまっている長いクチバシ状の口が印象的な魚です。しかし、およそ獲物を捕らえるには不都合なぐらい細く長いクチバシでどうやって餌を捕らえているのか、ちょっと不思議に思うような姿をしています。
彼等はサクラエビ漁の網で混獲されることが多く、サクラエビを食べていることは間違いないようで、実際に捕食シーンが観察されたという話は寡聞にして知りませんが、どうも長いクチバシにこれまた長いサクラエビのヒゲを絡めてとらえていると考えられています。
ヒゲの長いサクラエビのような甲殻類だけをとらえるために特殊化した口は、もしそれらの餌がいなくなってしまえば、他の餌を捕らえることは出来ず飢えてしまいますが、濃密な群れを作るヒゲの長い餌の群れの中にいれば、ほとんど労せずして餌が勝手にクチバシに絡んでくれるはずです。
その逆の「適応的」な生物の典型として、シーバスこと「スズキ」がいます。
港湾部や河口のようなエリアで小魚を食べているというのが一般的なイメージですが、比較的沖合でブリ類と一緒にイワシを追い回してることもあり、かと思えば、川に登って鮎を食っているときもあり、根魚のように岩場の蟹や海老を食べていることもあれば、砂底からはい出して移動中の2枚貝(註2)をたべていたり、もちろん今の時期ならバチ(産卵のため泳ぎだしたゴカイの類)も食べていたりします。
もしも、環境が安定していると想定すると、どちらかというと「専門的」な戦略の方が有利なように思います。いつも同じ状況、同じ餌なら、それに対応して先鋭化し無駄な部分をそぎ落とした効率的な生き方が出来ると思います。シギウナギは深海という比較的安定した環境で特技を磨きつつ無駄を省いて生きていくために、サクラエビなどを「専門的」にとらえる生態を獲得していったのでしょう。
逆に、環境が変化に富んでいる浅海域や内湾域を生活の場にしているスズキは自ずと、臨機応変に変化に対応して生存していけるような能力を獲得してきたと考えて良いのではないでしょうか。
実はこのスズキは、東京湾を始め全国の内湾的な環境下で増えています。
特に東京湾周辺(千葉、東京、神奈川)での増加傾向は顕著で、漁獲量の経年変化をグラフ化したものをみてみると、1990年代前半に1000トン強だったのが、1990年代後半からかなり急激に増加傾向をみせ、2005年現在で4000トン近くに増えています。
なぜ、このようにスズキが増えているのかを考えるうえで、まずはスズキがどういう生活史をもっているのかを知っておく必要があると思います。スズキの生態については「ザ・シーバス」「生物多様性とスズキ」に詳しいです。大筋を紹介しますが、私の駆け足の説明だけでなくこちらも読まれることをお勧めします。
スズキの産卵は湾口部などやや沖合の深場水深50m付近の海域表層近くで行われます。時期は12月から2月の厳冬期の大潮中心に、1匹の親が1産卵期中に何度か産卵する多回産卵という形態を取ります。
卵は浮性卵で、大潮で大きく動く潮流にのって湾の内外に広く分散されていきます。孵化後しばらく漂いながらプランクトンなどを食べて成長し、おもにたどり着いた沿岸域で動物プランクトンや稚魚などを食べながら成長していきます。
冬に生まれて、1年程度で25センチ前後のセイゴサイズに成長します。冬や春先によく釣れてくる20から30センチぐらいのセイゴがこの段階です。
2年たった冬には40センチを超えるまで成長し産卵に参加します。この2年魚あたりからうえが湾奥平均サイズの40から50センチくらいのセイゴフッコで釣りの対象として一番馴染みのあるサイズです。
実は最初に産卵するサイズである40センチ超までは2年と短い期間で成長しますが、産卵に参加するようになると、そのために栄養を使うのかその後の成長率は鈍ります。80センチを超えるには10年以上かかるともいわれています。
生涯を通じての大雑把な生活史は以上のとおりですが、産卵に参加するようになったサイズの1年を通じての行動パターンについてみると、沖合にとどまる個体もいれば川をさかのぼる個体までいるので多様性に富んでいるといえますが、東京湾で見るとある程度基本的なパターンはあるようです。
まず冬季は産卵期で、多くの個体は産卵エリアである富津岬沖、観音崎沖やその周辺の海域に集まっています。この時期遊漁船はこのエリアの水深5〜15mラインや沖目の障害物周りを攻めて大物を釣らせています。
産卵が終わって、しばらく産卵エリア付近の沿岸域にちらほらと姿が見られている状況が続きますが、3月後半にもなると湾奥エリアにも大小様々なスズキ達が戻ってきます。春には植物プランクトンも増殖が活発になり、湾内に餌となるカタクチイワシやボラ、産卵がらみの河口のコノシロやゴカイ類、遡上し始めた鮎やハゼ類の稚魚などがおおく、3月には「麦わらシーバス」とでもいうような産卵後の痩せたスズキも5月頃には餌を食いまくってブリブリと太ってきます。初夏がスズキの旬とされるのも納得です。
その後、夏になると湾奥エリアでは、航路や浚渫後のような海底の窪みで高水温で活発化したバクテリアが有機物を分解する際に酸素を使い尽くし、貧酸素の水塊が発生し周辺の海域の生物に被害を与えるようになります。いわゆる青潮と呼ばれる現象です。
このような状況から、夏場の東京湾ではスズキ達は水の動きの少ない湾奥から湾口部方面に移動したり、逆に河川や運河など淡水が流入する環境に移動したりして難を逃れています。
そして秋になり、低気圧が適度に湾奥の水もかき回してくれ、水温も下がって餌の小魚も豊富になってくると、また、湾奥の沿岸部にもやってきて産卵に向けて活発に餌をとり、11月をすぎるあたりから、産卵エリアに徐々に移動していく。という一年を過ごしているようです。釣り場で感じるサカナの動きともよく一致していると思います。
東京湾のスズキが増えているということについては、実際釣りをしていても同様に感じています。釣果は自分のポイントに魚が来る来ないの問題もあるのですが、各種釣り情報からも、ここ10年ぐらいは資源量高位安定ぐらいの感覚があります。
なぜ東京湾のスズキの漁獲が増えたのかについては、東京湾も70年代の高度経済成長期の公害の反省から下水道整備や排水基準など各種環境対策が講じられ、環境改善が効いていることが理由の一つとしてあることも指摘されていますが、実は70年代にもスズキの漁獲量が増えた時期があったこともあり、加えて、じゃあカレイやシャコも同じように増えているかというとそうでもないので、単純に東京湾が綺麗になっているという理由だけでなく、いくつかの要素が効いているのだと思います。
東京湾の環境が良くなったといっても、青潮もまだ定期的に発生している状況で、ある程度の水深にいる貝類、シャコなどの動けない底ものは減っているようです。
スズキについては、赤潮青潮などが発生しているときは、そのエリアから泳いで逃げることができるので、夏は深場や河川に逃げるなどしています。
東京湾自体は流入河川も多く、富栄養化気味のところもあり、春や秋の時期には餌の生物の発生量はものすごいものがあります。プランクトンを食うためにカタクチもやってきますし、デトリタス食のボラやゴカイの類も多いです。
良い時期にはこれらの豊富な餌を利用することができ、かつ、環境が悪化する時期には移動して逃れることができるというスズキの行動パターンは、今の良くなりつつある東京湾の状況にマッチしていて一人勝ちしているのではないかと考えています。これが私が考える東京湾にスズキの多い理由です。
他にも多いのはボラ、カタクチ、マハゼ、クロダイでしょうか。河川も利用できる種が多いのは海の環境悪いときは川に逃げるというのが東京湾では勝ちパターンの一つだと示唆しているように感じます。
というように、私は東京湾のスズキの漁獲量が増えたのはスズキが非常に「適応的」な生物だからだと思っていました。
しかし、「地球温暖化とさかな」という水産の研究者達が書いた本を読んだところ、スズキの漁獲量の増加についてもう一つ考慮すべき重要な要素が紹介されていました。
その要素とは「アリューシャン低気圧指数」という気候変動の指標を調べると見えてくる10年単位の気候変動で、この指標は大きいと「冬らしい」冬になるそうです。
「アリューシャン低気圧指数」は、1980年代半ばから1990年代後半に小さく、1990年代後半から大きくなっていて、70年代にも大きな山がきており東京湾のスズキの漁獲量の増減と確かによく対応しています。
しかもこのパターンは、東京湾だけでなく瀬戸内海や伊勢三河湾など他の海域でも同様に現れており、研究者によると同様のパターンがボラやガザミなどの沿岸性の種でも見られるそうです。
冬から春に産卵する種については、その時期の環境を「冬らしさ」が左右することにより生き残りに影響しているのではないかと考察されていました。
しかし、グラフを見ると東京湾ではその影響の出方が顕著で、なぜ東京湾が特にここ10年でスズキが大きく増えているのか、この理由だけで説明するのも難しいように思います。(註3)
なかなか、自然の現象を完全に理解することはできませんが、いろいろな要素を並べたうえで間違いなくいえるのは、今東京湾のスズキは増えている時期にあり、それは全国の他のエリアと比較しても特筆ものであり、東京に住んでいる私としては、今まさに資源が豊富な「幸運な時期」にある東京湾のスズキを狙わない手は無いということです。
しかも、スズキは最初の方で述べたように非常に「適応的」な生物です。釣り方としてもスズキが様々な環境に適応している方法の多様さに合わせて、釣り人側も多様な戦略を練って釣る楽しさがあります。
何も大型のスズキを釣るのだけがシーバス釣りの楽しみではないと感じています。冬場産卵に参加しない小型魚をライトタックルで狙うのだって充分楽しいですし、バチパターンやカタクチパターン、ストラクチャー狙いに夏場の河川の釣り、港湾の釣り、磯の釣り、陸っぱりで、立ち込みで、乗り合いボートで、カヤックで、変わったところでは貝や仔ガレイをシークレットの餌として使っている人もいると聞きます。
もちろん大型が釣れれば文句はないですが、そうでなくてもいくらでも工夫のしがいのある状況があり、それに合わせて「適応的」に釣っていくのが、私は面白いと思っています。
一つの釣り方を極めていく「シギウナギ」のような釣りの楽しみ方もありますが、環境や社会情勢、釣具・釣法や釣り人の好み、釣り場自体も変化していく今の時代には「スズキ」のように「適応的」に釣っていくのが、良い釣りする一つの方向性ではないかと思っています。少なくとも私には合っているように思います。
私の場合、釣りしかできないという意味では「シギウナギ」ですが。
<シーバスと風景>
(註1)海洋を漂って生活するようなプランクトンには、動物植物を問わず長いヒゲやとげを持つものが多いです。これは水の抵抗を少しでも増やして体が沈みにくくして、体を浮上させるために使うエネルギーを節約する戦略といわれています。
(註2)知人が釣ったフッコの胃内容物から竹のようなものが多く見つかりました。何だろうとよく見てみるとマテガイの殻だったそうです。
村越成海氏は著書でシーバスがバカ貝を食べていることとバカ貝が泳ぐシーンをみたことを紹介しています。とある釣り場紹介の本に、スズキ釣りのオススメの餌としてバカ貝があげられていました。
二枚貝は、よりよい棲息場所を求めて結構、潜っていた場所からはい出して移動するようです。多くは転がるようにして流れに乗るようですが、バカ貝などは村越氏の指摘するように泳ぐようです。
(註3)
東京湾のスズキの漁獲量が増えている理由でもう一つ考えなければいけない点があると思います。なにかというと漁法の変遷の問題で、シャコとかがダメなので底びきは漁船自体が減っている気がします。そうするとカレイなどの漁獲は資源量が良くても減ってきます。漁獲量の変化から東京湾のカレイ類は減っているといわれていますが、私はそうとも言い切れないと感じていて、知り合いが東京湾で刺し網漁をしているのですが、時期になると子持ちのマコガレイが鈴なりでかかるそうです。取らないだけでいる種類もあるのだと思います。
その点、スズキは巻き網と定置で結構獲れるし、資源量が多いので巻き網や刺し網では積極的に狙うようになってきているという状況もあるのではないかと考えています。その結果、漁獲量は増えているということもあるのかなと。
<参考>
「地球温暖化とさかな」成山堂
「生物多様性とスズキ」恒星社厚生閣刊
「ザ・シーバスハンティング」古山輝男・地球丸
「千葉県東京湾小型底びき網漁業包括的資源回復計画」水産庁HPから
(2009.4)