○ボーンフィッシュが速いわけ

 

 ご存知かと思いますが、ボーンフィッシュと呼ばれる魚がいます(註1)。

 ご存知だと思いますがついでに簡単に説明しておくと、ボーンフィッシュは世界中の暖かい海に広く分布していて日本でもソトイワシと呼ばれ南西諸島から黒潮の影響が強い四国あたりまで分布しています。

 しかしながら海のフライフィッシングに興味のない人にはほとんど知られていない魚で、日本国内ではたまに釣れる程度なので狙っている人は少なく、国内で良く釣れる場所が発見されたという話も寡聞にして聞きません。

 ところが、これまたご存知のとおり、海外では場所によってはこの魚が狙えることが売り物の釣り場があり、日本からも多くの人がボーンフィッシュが釣りたいがためにはるばるキリバス諸島やニューカレドニア、キューバやフロリダなどに釣り竿かついで出かけていくのです。

 写真で見るとこのボーンフィッシュ、日本の魚では淡水に住むニゴイに大きさ形が似ており50センチから大型で70センチ、やや細長い体に顔の下の方に比較的大きな口が付いています。シロギスをでかくしたような感じといっても良いかと思います。実際にはニゴイともシロギスとも分類学上はさほど近くはなく、むしろウナギやニシンに近い魚でウナギと同様透明で薄っぺらいレプトセファルスと呼ばれる幼魚時代を送るという比較的原始的な特徴を持つ魚です。ニゴイやシロギスに似ているのは水底の砂の中にいる小さな生き物のたぐいを広い範囲を泳ぎ回って探して口でついばむ又はほじくって食べるという生活パターンが似ているためにたまたま形が似ているだけだと思います。

ボーンフィッシュニゴイ(ケン一の釣ったボーンフィッシュとナマジの釣ったニゴイ)

 この海の銀ピカニゴイというか、巨大キスとでもいうべき取り立てて大きくもない魚がなぜ釣り人に人気があるのかについては、残念ながら私自身は未経験なので人様に聞いた話なのですが、以下の2つの理由が挙げられることが多いです。

 

 一つは、この魚を釣る場所の特徴とそこから必然的に生じる独特の釣り方のおもしろさだといわれています。

 ボーンフィッシュは浅海から水深100mぐらいまで分布するとされていますが、棲息水域で特徴的なのは底が見えるようなごくごく浅い水域に餌探しなどの理由でやってくることです。珊瑚礁の島ではサンゴが珊瑚礁と島との間に作った礁湖(ラグーン)と呼ばれるサンゴの砕けた砂などでできた浅い砂浜がそれにあたりますし、マングローブの茂る河口域にできた干潟のようなところにも現れるようです。

 そういったごく浅い水域でカニだのアナジャコだのをしっぽを出して逆立ちするようにして食べているところや、餌を探しながらうろうろとしているのを見付けてその前方にフライ(毛針)を投げ込んで食わせるという方法がボーンフィッシュ釣りの典型的な方法です。

 魚を見ながら釣るので、魚を見付けてそれを狙い撃ちするハンティングのような楽しさ、自分が投げたフライを食うところが見えるドキドキ感、相手に警戒心を抱かせないように注意を払いながらフライを小刻みに引っ張って魚の気を引くなど魚との駆け引などが釣り人にはたまらない興奮をもたらし、さらに白い珊瑚礁の砂浜やマングローブの茂る豊かな自然を背景に楽しめるということで爽快かつ面白いのだということです。

 確かに聞くだに面白そうであり、ビデオや雑誌のレポートでもその魅力は釣り人である私にも充分伝わってきます。

 さらに、もう一つの理由はこの魚の泳ぐスピードにあるそうです。とにかくとんでもなく泳ぐのが速くて引きが強く、フライを食わせて針掛かりさせてからはリールに巻いてある予備の釣り糸も引っ張り出しながらものすごいスピードで突っ走って行くらしいのです。ある程度の距離を走って魚が疲れるまでは糸を巻き取ることもままならずリールが逆転する音を楽しむ意外に釣り人になすすべはないそうで、この爆発的な突っ走り方は「ジェットラン」と呼ばれています。

 ボーンフィッシュを釣ってきた人に聞くと「引くとは聞いてたけどあれほどとは思わなかった。」という感想が判で押したよう口からでてきます。予想を超えるスピードとパワーのようで、太めハリスを使っていてもなすすべもなく引きちぎられたとか(註2)、魚がかかったときにリールのつまみにフライラインがえらいスピードで擦れた結果、フライラインの表面を覆っている樹脂がカンナでもかけたようにシュルシュルシュルとはがれていったとかその手の話には事欠きません。高速で泳ぐので有名な回遊魚であるマグロ類とかならともかくたかだか60センチかそこらの沿岸魚がなぜそこまで突っ走るのか、正直いって経験していない人間には理解しにくい話でした。

 実は私は最初、日本の渓流でカワイイヤマメちゃんとかしか釣ったことない人間が大げさに騒いでいるだけだろうとタカをくくっていましたが、カツオだのシイラだのの引きまくる魚もさんざん釣っている釣友たちからも「引く」という報告を受けるにいたり、どうも本当に引くらしいと考えざるを得なくなりました。

 

 なぜ、ボーンフィッシュはそれほど引くつまりは速く泳ぐのか。似たような形の、つまり似たような生活を送っているはずのニゴイやキスが特筆するほど速く泳ぐ魚ではないのでなおさら不思議です。

 でも何か理由があるはずです。生き物の形や性質には必ず意味があるものです。何が何だか理解不能な一見無駄なようなことでも、繁殖上有利であったり敵から逃れるため役に立つなど、恐ろしく巧妙な理由が隠されているものです。

 これが正解という答えはおそらくないと思いますが、私なりに考えた理由を書いてみます。

 

 まず、餌を獲るために速く泳いでいるわけではなさそうに思えます。カニとかの底棲の小動物は突っ走らなくても食べることができるでしょう。餌を求めて大回遊するような場合には速く泳げた方が良いように思いますが、ボーンフィッシュが大回遊するという話は聞いたことが無く、また、そういう大回遊の場合はボーンフィッシュのジェットランのような短時間の爆発的な速い泳ぎではなく長距離ランナー的な粘り強い泳ぎが必要だと思います。エネルギーを一気に消耗するような泳ぎ方は大回遊には向かないでしょう。太平洋を横断して大回遊することもあるクロマグロも通常は無駄のない動きと流線型の体で比較的省エネで巡航しているのが実際のところだと思います。

 

 次に繁殖のため速く泳ぐという理由ですが、これもちょっと違うような気がします。繁殖期にメスが高速で逃げ回って、そのメスについてくることができたスピードの速いオスをメスが選ぶというような繁殖方法であれば確かに進化の過程で淘汰がかかり速い魚が生まれそうですが、その場合、ほかに特段意味がないとすれば、エネルギーを無駄使いする形質である「速さ」をメスがオスを選ぶ選択基準とする必然性が思いつきません。何か他の理由があってそもそも速く泳ぐ性質がボーンフィッシュの生存に有利であり、メスもオスも速く泳ぐ必要がある中でメスがその早さを基準にオスを選択しているというのならよく分かりますが、単にメスがオスを選ぶときの選択基準としてのみ機能すればよいのであれば、派手な色とか変な形とかをオスだけが持つようにすれば事足りるので、メスまで無駄にエネルギーを使わさせる繁殖方法がわざわざ選択されているとは考えにくいです。

 実際の産卵行動はというと、産卵時期に大型ボーンフィッシュが釣れるキリバスのクリスマス島での釣り人の観察例とかぐらいしか目にしたことがないのでよく知らないですというとみもふたもないのですが、どうも集団で産卵するようで産卵行動において特に高速で泳ぐような行動は知られていないようです。

 ついでに産卵回遊するためにというのも可能性として検討しておくと、餌のときの話と同様、大回遊するのに必要なのはダッシュ力ではなく持久力で、実際に産卵海域の太平洋のど真ん中の海山(註3)まではるばる泳いでいくウナギの事例を考えれば速く泳ぐ理由とはなり得ないのかなと思います。

 

 さて、それではなぜボーンフィッシュが速く泳ぐのかという理由はというと、私が思うには天敵から逃げるためという理由、つまりボーンフィッシュは「逃げ足」の速い魚であるという考え方です。

 「そんなことエラそうに説明されなくても普通にそうだとされてる話やないか!」と釣り人からお叱りを受けそうですが、ちょっと待って説明させてください。

 確かに天敵から逃げるために速く泳ぐという説明はあちこちで目にするのですが、実際に釣ったときに釣り人が驚くようなスピードというのは単にそれだけでは説明しきれない速さだと思うのです。

 経験豊富な釣り人なら魚については詳しいし、ある程度引きの強さについても大きさや他の魚から類推して想定しているはずで、その感覚は意外なぐらい正確だと思っています。私自身釣り人ですしね。その釣り人の想定外の速さというのは何か特別な理由が無い限りあり得ないと思うのです。単に「天敵から逃げるため。」という説明を目にする度に、私の中の「魚オタクの心」が違和感を感じて、どうしても納得いかなかったのです。

 ところが釣り雑誌のとある記事を目にして膝を叩きました。魚タク心を満足させる理由がみつかったのです。

 その記事では、ボーンフィッシュの天敵としてレモンシャーク(ニシレモンザメ)があげられていたのです。「天敵がサメ」これが大きな理由となると私は考えました。

 順を追って説明したいと思います。

 まず、ニゴイは比較的大きな淡水魚で泳いで逃げまわらなければならないような天敵は思いつかないのでとりあえずここでは無視するのですが、砂浜に棲むシロギスにはヒラメ(註4)やスズキといった天敵がいます。これらの天敵にたいして砂に潜って難を逃れるという手は有効だと考えられ、実際にシロギスは砂によく潜ることが知られています。

 しかし、この手はサメには通用しないようです。サメにはロレンツィーニ器官と呼ばれる特殊な感覚器官が鼻っ面あたりに分布していて微少な電気をその器官で感じることができます。生物の神経が活動するときに発するような極微少な電気さえ感じて、砂の中に潜っているような餌生物も探し出すことができます。実験映像をテレビで見たことがありますが、砂に潜ったカレイを見事探り当ててて食いついてました。ということは、レモンシャークに狙われたボーンフィッシュは砂に潜って難を逃れることはできないはずです。

 次に、じゃあレモンシャークが棲んでいる珊瑚礁の海の魚はみんなジェットランで逃げまくるのかというとそうでもありません。珊瑚が近くにあればとりあえず急いで珊瑚の隙間に逃げ込むという手が目立ちます。これなら瞬間的にサッと逃げてしまえばそれほど速いスピードで逃げ回る必要はありません。確かに釣りをしていても珊瑚礁のハタ類とかフエダイのたぐいって、最初のダッシュがすごいけどそれさえしのげばすんなり寄ってくるように思います。

 また大きな群れを作るという手も珊瑚礁に限らずどこでも共通によくある手です。

 でも、ボーンフィッシュが餌を食べたりするのは広い砂浜が広がり珊瑚等に逃げ込むにもかなりの距離を泳いで逃げる必要があるような場所です。ちなみに産卵期以外はあまり大きな群れを作りません。

 ということで、ボーンフィッシュはとにかく速く泳いで天敵であるサメを振り切るか、隠れることができる場所まで逃げ込むという手を取らざるを得ないのだと思います。

 私はそういう視点でみて初めて、想像以上だというボーンフィッシュの速さに納得がいくのです。

 そういえばウシノシタの仲間で暖かい海に住む種類に有毒種があるのも似たような理由なのかもしれません。砂に潜って隠れる能力があるのにさらに毒まで持って武装するのは、珊瑚礁の海では潜ってもサメに見付けられるからかも、とか考えたりします。(註5)

 いずれにせよ、天敵から身を守るということは魚を含め生き物にとっては大問題のようで、びっくりするような奇手、妙手があって感心させられたりします。逃げるところがどこにもなさそうな大海原で空中に飛び出すという離れ業をやってのけるトビウオがいて、同じ妙手を分類的には遠い生き物であるトビイカも採用していたりするのを知ると、彼らが飛ぶのはその手を選んだ合理的な理由があるのだなと深く納得するのです。(註6)

 こうやって想像したり、知識を蓄えたりして釣りの対象の魚(ときに軟体動物や両生類だったりもする)について自分なりに理解すればするほど釣りたい気持ち(仲間内では「釣欲」と呼び慣わしています。)が高まってくるし、実際釣ったときには感慨ひとしおなのであります。

 ボーンフィッシュについても、はじめは「オレ、ニゴイ釣ったことあるしわざわざ遠くまで釣りに行かなくてもいい。」と考えていましたが、ボーンフィッシュとレモンシャークの関係とかについて考えているうちに「死ぬまでに一度は釣ッとかないといかん。キリバス諸島とかは温暖化の影響で海に沈むという恐ろしい話もあるし、なるべく早く行くべし!」と決意するに至っています。

 

註1:ボーンフィッシュと呼ばれている魚にはどうも数種類が含まれているとのことですが、いろいろ説があるような状況でもあり荒っぽく一括りにボーンフィッシュとしています。広く分布する魚なので地域ごとの個体群間の差をみて別種としているだけかもしれない、という気もしてそれほど分ける必要がないのではないかという個人的な感触もあります。イワナだって白点の大きなアメマスタイプと全体にヌメッと黒っぽいヤマトイワナタイプを並べたら同一種とは思えません。しかし日本全国で見ると、イワナは概ね5タイプにわかれるにしても連続的にちょっとずつ変化していって中間型が存在し全体として一つの種でどこかで区切ることはできません。ボーンフィッシュもよく調べれば同じようなことになっているのではないかと勝手に想像しています。

註2:「ドラグ締めすぎだろ!」というつっこみが聞こえてきそうですが、彼が行ったのはオワフ島でサンゴや岩礁が点在するエリアでの釣りであり、あまりドラグを緩く設定できないキビシイ状況だったようです。ドラグとはご存じのようにある種のブレーキのようなもので、適当に調節しておくと糸が切れる前にリールの糸巻き部分が逆転し糸が出ていきます。ただし、摩擦力を利用したブレーキなので急激に速く引っ張ると、摩擦力が大きくなりすぎてゆっくり引っ張って調節したときのようには糸が出ていかず切れたりします。要するに今回の事例はボーンフィッシュの引きがいかに予想を超えて突発的に速く強いかということを示したかったのです。いくら強い引きでもジワジワと引いてくれればドラグが上手く機能してくれたはずです。釣り人も「力=質量×速度の二乗」という物理の基本的な法則は知っておいた方がよいということですね。

註3:10年ほど前に東京大学海洋研究所塚本教授(当時は研究所の名前が違ったかも?)の講演を拝聴する機会があり、大回遊するウナギの神秘的な生涯についてあらためて感動すると共に、ウナギの仲間の他の種類との比較やそれまでの調査等からウナギが新月の夜に産卵するという新月仮説とマリアナ諸島西方の海山が産卵場所であるとする海山仮説(スルガ、アラカネ、パスファインダーの3海山が候補)について興味深く聞いた思い出があります。その後、06年に仮説どおりスルガ海山付近が産卵場所であると特定したというニュースが飛び込んできたのは記憶に新しいです。すばらしい!

註4:「ヒラメは砂に隠れて獲物を待ち伏せする魚だからシロギスを追いかけ回したりしないんじゃないの?」と極めてまっとうなつっこみが聞こえてくるようですが、ヒラメは確かに待ち伏せ型の餌の食い方もすると思いますが、意外なぐらい活発に海中を泳ぎ回って餌の魚を追い回す魚だと思います。釣り人の間ではこれは半ば常識だと思います。わたしはある朝スズキと一緒にカタクチイワシの群れを追い回していたらしいヒラメが水面上に飛び出したのを見て目を疑ったことがあります。円盤状のものが飛んだので最初何が起こったのか理解できませんでしたが、ヒラメだと気づいたら笑えてきました。

註5:「日本の砂浜でカレイ釣っててもホシザメとか釣れてくるけど、日本のカレイもウシノシタも毒持ってないぞ!」というつっこみが聞こえてきそうです。ムムムたしかに。ホシザメわりと小型ですし甲殻類とかがメインの餌だということで深くはつっこまないでおきましょう。実際には「サメが理由」といえるような単純な話ではないのでしょうね。

註6:彼らが妙手を選んだというよりは、上手いこといく妙手を持ったやつの形質を遺伝的に引き継いだ子孫が結果として生き残ってきたというのが正しいのでしょうね。

 

(2008.3)

 ボーンフィッシュ、クリスマス島でゲットしてきました。速かったです。

ボーンインザクリスマスアイランド

クリスマス島釣行記 

(2011.9)  

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