○君の名は その4 −香港魚市場逍遙編−
旅先でいわゆる名所・景勝地を眺める行為「観光」。英語だとそのまんまのサイトシーイングという行為について正直あまり興味がない。おつきあいで仕事中そういう場面が生じることもあるが基本「絵はがきと一緒やな」と思うぐらいの血圧の低い反応である。
個人的に旅に出るのはほぼ釣りの旅ぐらいに限られるので、旅先で釣ってる間は鼻血吹くぐらいの高血圧状態でいるが、そこまではいかないけど旅先で興奮して血圧上がるモノに、水族館、博物館、市場(スーパーマーケットや魚屋でもOK)がある。
旅先で暇があるときは、仕事の旅でも釣りの旅でも、やることやってるときは血圧高めなので、そうじゃないときぐらいゆっくり散歩でも楽しんだ方が良いんじゃないかと思ってそうすることも多いんだけど、水族館と博物館と市場はあれば思わず覗いてしまう面白さがある。
ケアンズとハワイの水族館では、まさにこれから釣ろうとしているロウニンアジが泳いでて気合いが入りまくったし、仕事で行った上海では、移動日の暇つぶしにせっかく水族館がそばに見えているのに多数決で負けて有名なタワー(興味ないので名前忘れた)の展望台に昇らされてご機嫌斜めであった(その後、川魚料理屋に連れて行ってもらって、タウナギとかカエルとか食べて機嫌は劇的に回復)。
NZ(ニュージーランド)の博物館では、当たり前に川に泳いでいるけど移入種であるニジマス、ブラウントラウト以外のNZ在来の淡水魚、ココプとかイナンガとかが水槽に泳いでいるのがみられてすごく興味深かったし、パラオの博物館で「これ人食ったんで退治されたって言われてるんですよ」とガイドが説明してくれたワニの剥製とか、面白かったので10年以上前の話だけど今でも憶えている。
市場はローカルな地べたやら屋台やらに野菜やら肉魚やらを並べた旅情溢れるモノから、アメリカの売ってるモノからしてデカイ大型スーパーマーケットまで、それぞれに面白いし、異国じゃなくて日本でもそれは一緒。というか魚屋系で一番異次元まで当方を連れて行ってくれたのは佐賀の有明海側の魚屋さん。ミドリシャミセンガイとかイシワケイソギンチャク、ビゼンクラゲとかが主力商品として並んでいて、魚といえばクロウシノシタとかの店先はちょっと大げさにいえば異星間旅行気分を味わえる。
先月、香港に二度目の釣りの旅に出かけたのだが、その時にバスターミナルのある駅の近くに大きな市場の入った施設があって、その周りにも市場街が広がっているので、いろんな魚がみられて面白いですよ、と釣りの案内もしていただいたMABOさんからお奨めされていた。同じ魚好き同士、何を面白いと感じるか実によく分かってらっしゃる。
香港オイカワ顛末記 ←香港釣行記はこちらをクリック
目的のホンコンオイカワも割と早い時間にゲットして、良い塩梅に夕ご飯まで暇な時間ができたので、MABOさんと分かれてから市場を目指す。
テクテク歩いて一番メインの大きな市場の建物を横目で見つつ、まずは周りの市場街をうろつく。
鳥の丸焼きとか飯屋系もいかにも中国で見てて楽しいが、果物屋のドリアン山積みにはびびらされる。日本ではなんかくっさい高級フルーツというぐらいのイメージで正直食べたこともないのだが、香港では人気のようである。ドリアン山積みの果物屋はけっこう何件もあった。果物はドライフルーツ専門店もあって乾燥イチジクやら干し杏やらは日本でも買って食べることあるけど、量り売りで買ったら安いんだろうなと思いつつもジャストルッキングで見てるだけであった。香港は結構英語が通じるが、一方で当方が英語があまり使えないという問題があるので、筆談で上手いことやる自信がないので手が出なかった。最悪お札渡して品物指さしたらたぶん売ってくれるだろうと思うけど、旅先でキロ単位とかの乾燥フルーツ抱えてしまうと途方に暮れそうなので手を出しかねた。それはそれで面白かったかもとは今にして思う。
干した食品とくれば、中華料理の干しアワビ、干しナマコ、フカヒレはこの地でははずせないだろう。「俵物三品」とか干しホタテ貝柱なんかも含めて「乾貨」とも呼ばれる、高級な干物は日本がその代表的な産地で日本産は高級ブランドと聞く。普通の魚の干物もあるけど、干しナマコとか見るとやっぱり中国だなと思う。ナマコなんて生きの良いのをナマコ酢でやりゃあいいじゃないのと産地である日本の人間である私などは思うのだが、なぜか中国では干してめんどくさい工程を経て戻して煮込んだ料理が高級とされるようだ。
普通は干しナマコといえばタバコより短いぐらいに小さく縮んでいるものだが写真のナマコは結構大きい。10センチオーバーである。一瞬干しが甘いのかなと思ったが、それでは腐ってしまうはずで、たぶん元のナマコがデカイのである。中国の胃袋というのは底なしで、最近の経済成長がそれに拍車をかけていると聞くが、昔から中国はナマコは世界の海から干した形でかき集めていて、それこそ領有権でもめている南の海にも進出して、あっちのでっかいナマコで食用になるのを取りまくっていると目にしたことがある。ナマコの養殖もけっこうやっている。魚の養殖と組み合わせて魚の餌の残渣や糞で育てるとか、池での施肥養殖時代からの御家芸である複数種組合せの養殖がいかにも中国スタイル。
ふらふらと市場街をうろついて楽しんだ後、いよいよ大きな体育館のような市場の入った建物に入る。
右が肉屋街っぽく、左が魚屋街っぽい。デパートのワンフロアぐらいの面積にゴチャっと魚屋、肉屋がひしめいていて、人いきれでモワンとした活気に溢れていて、血圧上がって興奮してきた。鼻血でそう。
中国の市場というと、上海とか青島での経験から、活けモノと塩漬けが多いというイメージがあって、中途半端な生鮮魚は中国では新しいのか古いのか分からないので避けられるとか聞かされていたが、香港の市場では活けはやっぱり多いけど、塩漬けはあまり見かけず、逆に生鮮ものは多かった。香港の特徴なのか、生鮮魚介類が腐らず流通できるような段階に突入したのか、旅人には判断つきかねるが、そんなことは仕事の旅じゃないので捨て置いて、溢れるような魚魚魚たちを目で追って愛でていく。
いろんな店があって、それぞれ得意分野も違うようで、淡水魚中心、生鮮海産魚中心、養殖魚の活けモノ中心、エビカニ中心、貝中心とかなかなかにバラエティーに富んでいる。
その中でも、活けで扱ってる店が多く目立つ魚種の一つに手のひら以下の小さめのアイゴがあって、日本では磯焼けの原因になるぐらい増えても食べない地域が多くて毒の棘があることもあり対処に苦慮しているようだが、香港では人気の魚種である。前回の旅では活けモノを蒸したのを食べたけど、中華風の蒸して油を掛け回したらしい料理法もマッチしていて、なかなかに美味しい1品だった。アイゴはハマさんもお気に入りらしい。香港では堤防からの餌釣りの対象となっていて手軽な釣りモノとしても人気のようだ。
淡水魚は中国ではよく食べられている印象だが、海水の濾過システムとかが無かった時代、真水で桶で生かしておける淡水魚は流通面でアドバンテージがあったのだろうなということは想像に難くない。
金魚の祖先はこのあたりの種だろうかというような大陸系のフナがいたり、もちろん中国でも人気のウナギもニョロリと泳いでいる。ケツギョはたぶん高級魚だったと思う。
淡水魚系で意外に目に付いたのがバラムンディー。釣り堀でも人気のようだが、食味も良い魚なので、食卓でも人気なんだろう。ケアンズにGT釣りに行ったときに、街のシーフードレストランの看板にバラムンディーが描かれていて「いかにもケアンズっぽいな〜」と感じたのを思い出す。
いかにもといえば、ぶった切ったソウギョらしい切り身はいかにも中国らしい。切り身状態だとアオウオと見分けが付かない。
海産魚は養殖物、天然物、地物、輸入物入り交じってるようで、「君の名」を特定していくのは結構難しい。
ヒゲソリダイは同じイサキ科の同属の仲間にヒゲダイという下顎にヒゲが生えている魚がいて、似た魚だけどヒゲがごく短いので「ヒゲソリダイ」というイカした名前。
白黒シマシマのパンダっぽい魚は、この特徴的なカラーパターンは見覚えあるけど、ヒゲソリダイと同じイサキ科のセトダイだったっけ?と思いつつ帰宅後調べたら、フエダイ科のセンネンダイの若魚と判明。1mぐらいになる大型のフエダイだけどとても味が良いらしい。若魚の色がシマシマなのは結構あってイノシシのうり坊同様「うり坊」と呼ばれるイサキの幼魚やら、イシダイなんかも老成魚はシマがないからその類か。最近シマウマのシマシマがどうも吸血性の昆虫対策らしいというレポートが出たようだが、まあそれ以外にもシマシマっていろんな意味があるんだろうなと思う。仲間の判別とか光と影の迷彩模様だとかいろいろとね。
センネンダイの上にいるのはキビレだと思っていたけど、帰ってきてひょっとして同じシロっぽいクロダイ系のヘダイという可能性もあるかと調べたところ、しりびれの棘が長いし顔が丸くないしでキビレで正解のようだが、キビレって標準和名はキチヌで別名キビレという扱いになっているようだ。でもキチヌなんて呼ばれてるのは耳にしない。実質標準和名は既にキビレという状態だと思う。実態として和名は1種に1名ではないので、学術的に種を固めたければラテン語表記の学名というのがめんどくさいけど基本にある。
キビレもキチヌも学名ならAcanthopagrus latusで一応かたが付く。まあ学名でも種として分けるかとか異名同種だとかの議論が決着してない種があったりして、必ずしも1種(1亜種)1名ではないけど、それを目指した概念が学名というモノの性格ではあると思う。
次の写真のキビレの奥に見えるのはイトヨリダイかな。食べたこと無いけど南の海域では沢山獲って練り物原料の冷凍すり身にして国際的に流通させているとも聞くので案外口にしているかも。今日日サラダに「カニかま」が入っているのは日本だけではないので冷凍すり身需要は結構ある。
ヒイラギなんて魚が市場に並ぶところに香港の魚食文化の奥深さが垣間見られるように思う。ヒイラギはキス釣りの外道扱いされることが多いけど、食うと結構乙な味で、独特のヌルヌルが煮汁に溶けたドロドロの煮魚を好んで食べる地域も日本にはあったりする。香港ではどういう食べ方をされているのだろうか。
たぶん日本のと同じ種類だと思うけどボラも食べるようだ。ボラも汚い運河にもいるので敬遠される向きもあるけど、基本旨い魚である。
ヤリイカっぽいイカとシロギスも発見。シロギスは地物だろうか。シロギス釣りファンの皆さん案外香港穴場があるかもでッセ。※香港で釣れるのは主にシロギスではなくモトギスだそうです。ということで写真のはモトギスの可能性が高いようです。やっぱりシロギスファンが釣りに行ってました。シマノTVでランタオ島の長沙というサーフなどでモトギス爆釣してました。別ポイントで別種のホシギスやシロギスも釣ってました。2008年のことで香港初の本格的投げ釣りだったようです(2016.4.4追加注)。
イシモチ系のこの手の魚は中国では珍重して、東シナ海で底びき網で取りまくっていたはずだが、上海では塩漬けで売られていたが、香港では生鮮である。種類は黄色い体色からキグチかフウセイだったと思ったが、どっちだろうなと思いつつ帰宅後調べると、下顎が上顎より出ないのでフウセイのようだ。横のパンプキンシードっぽいサンフィッシュ系はちょっと意外な魚種。
意外と言えば、こういう魚もポンと出てきて面白い。中国の沿岸部では各種魚類養殖が盛んなんだけど、これはヨーロッパ原産のヒラメの仲間ターボットだと思う。中国でも養殖している。この独特の形。ヨーロッパというかフランス料理でカレイ・ヒラメ類といえば、シタビラメのムニエルで有名なドーバーソールとこのターボットが有名どころ。ターボットは青島に仕事で行ったときに食べたけど、活けモノを中華風に蒸し物に仕立ててあったけどとても美味しかったのを憶えている。
タウナギはウナギとは名ばかりのタウナギ目という他の魚と違う独自の目に分類される淡水魚。日本にも南西諸島にはもともと生息していたようで、西日本でも帰化している地域があるらしいが、これが美味しいということはあまり日本では知られていないと思う。
最初の方で書いた上海の川魚専門店で食べたんだけど、炒め物で出てきたときに「何じゃこの灰色の魚肉は!」とちょっとひくぐらいの不気味な色した魚なんだけど、これが美味しかった。ウナギともドジョウともナマズとも違う。独特のプリッとした弾力があって臭みもなく脂ののりも皮のトロッとした食感も良く、ウナギと比べても互角以上に闘えるんじゃないかという実力派。中国語では「〓(魚偏に善)魚(シャンユー)」というらしいので見つけたら是非食べてみてほしい。
ついでにもういっちょ、中国で見つけたら是非食べてもらいたいのが、魚じゃないけど田んぼの鶏ことカエルちゃん。日本ではウシガエルの冷凍モモ肉ぐらいしかあまり出てこないので、話の種にはなるけどそれほど美味しいモノではないように感じるが、これが活けモノの出てくる中国に行くと、なかなかに美味いんである。写真のはウシガエルじゃなくて中国の在来種トラフガエルだとおもうけど、今回の旅で食べたカエルのお粥にはたぶんこれのものだと思われる背骨付きとかのぶつ切りが入っていた。活けモノはシャキシャキした歯ごたえで美味。
カエル好き(食材として)な国と言えばフランスと中国で、フランスはイギリスに「フロッガー(カエル野郎)」とか侮蔑されているようだが、フランス料理、中国料理は世界三大料理に数えられるぐらいグルメな両国である。実はそうじゃないんだよという擁護も聞くがイギリスの飯のまずさには定評がありカエルを食うべきか否かについてはフランス側に正義があるように思う。見た目やイメージにびびらず食せば釣り場でボーボー鳴いてるウシガエルを見る目つきも変わるというものである。
カニ専門店みたいなのもあって、ノコギリガザミ系2種が区別して売られている。右の緑っぽいのははさみに網目模様があったのでアミメノコギリガザミだと思う。左の赤っぽいのはアカテノコギリガザミだと思うが、正直トゲノコギリガザミと判別できなかった。
いかにも南の海っぽいワタリガニ系2種、左はアカイシガニ、右はタイワンガザミ、並べて赤青そろっているのがなかなかオシャレな配置。派手な色だけど西日本では普通にとれて食べてます。
貝専門店でTHE「バイ」かなと思っていたのはちょっと模様が違うようで同定しきれなかった。マテガイ系も種までは特定できず。
ミル貝系があるなとなにげに思っていたが、帰ってきて写真見ていると、産地と思われる「CANADA」「CALIFORNIA」の文字が。世界中から美味いモン買って来てるようですな。「オーパオーパ!アラスカ至上編」で開高先生が干潟でほじってたのもこの類いでたしか英語ではグイダックだったけ。
ハタ系は、以前村田さんからも同定依頼があったのだが、似た種が多くて難しい。
今回、似たようなハタで明らかに2種類いるようなので、写真に収めてきた。
この手のハタで種苗生産技術が確立されているのは、チャイロマルハタが一番最初に台湾で技術開発されて出てきて、その後日本やアジア各国でヤイトハタ、アカマダラハタ、マダラハタ、スジアラ、タマカイなどの種苗生産技術や養殖技術が開発されてきている。
なので、養殖物や種苗法流されたこれらの魚種を目にすることが多くなっている。
逆にいうと最初から市場に数が並んでいる魚はこれらのどれかだとある程度絞れる。
こいつは、ヤイトハタかチャイロマルハタかで悩む魚で、一応赤茶色の大きめの斑点が認められず、黒点(特に胸びれ)が認められ、帯状の黒い模様があるのでヤイトハタとみた。しかし模様と色っていうのは変化が大きい要素なので、それしか同定する際の手がかりがないと正直自信がない。ヤイトハタが一番香港あたりでは釣り堀でも市場でも多いハタ類でガルーパ(ハタの類いの英名グルーパーのネイティブっぽい発音のカタカナ表記)と呼ばれてるのの多くはこの種だと思う。沖縄でも「沖縄ミーバイ」のブランド名で養殖が盛んになっているようだ。
もう一つのほうが、これもよく似た魚だが、ヤイトハタ、チャイロマルハタと比べると腹部の斑点が多く、網目状の模様になっていることから違うと判別でき、アカマダラハタかマダラハタまではたどり着くのだが、どっちかこれも難しい。アカマダラハタは目の後ろの頭部がやや凹むとあるのだが正直、双方の写真を見比べることができるサイトでその違いを見極めようとしても無理だった。胸びれの色の違いも正直分からん。尾丙の黒斑がまあ一番マシな見分けるポイントかなという気がして、この魚は尾丙に背中の黒斑より明確な黒斑が認められないのでアカマダラハタとこれまた自信ないが一応同定した。ネット上でマダラハタよりアカマダラハタの研究事例の方が多くみられることからも、アカマダラハタのほうが扱いが多いのかなとも推測。
ハタの仲間はやっぱり難問だ。養殖用に成長の早いタマカイを掛け合わせるなんてことも試みられているようであり、そういうハイブリッド個体までいるのを正確に同定できるとは正直思えない。
ちなみに、中国版ウィキペディアが明らかに間違っているようで、ヤイトハタかチャイロマルハタだとみられる魚種を学名からいってアオハタみられる種として紹介している。村田さんから、中国で流通しているハタはアオハタが多いと聞いて奇異に感じていたがウィキペディアの間違いに由来するようだ。
次の写真のコウタイについては日本版ウィキペディアがやらかしている。写真が明らかに別種で、長く目立つ鼻管からアフリカ産のライギョの一種Parachanna obscura いわゆるアフリカンスネークヘッドだと思われる。
コウタイは養殖もしているようなのだが、ギギと一緒に並べられているところをみると、天然物のような気がする。となると香港からそれほど遠くない地域、あるいは香港そのものにコウタイがいるんじゃないかという気がしてくる。
最後が予想外の難問だったタイワンドジョウ。
過去、当方は「君の名は −種とはなんぞや−」に以下のように書いている。
「私も、釣り人ですからそういう「顔見知り」の魚が何種類かあって、いわゆる自慢話ですが、背鰭の軟条(鰭のスジ)を数えなくても、カムルチーとタイワンドジョウ(ライヒー)の判別は出来ますし、測線数や尾鰭の違いを見なくてもアイナメとクジメの判別はそれこそ「顔が違う」のでできます。」
にもかかわらず、活けで店先で泳いでいる「ライギョ」がどっちか、見た瞬間迷った。
横から見た場合にタイワンドジョウの方が短い印象があり、顔も短いので、よく見分けるポイントとして、タイワンドジョウは明確な斑紋3列、カムルチーは不明瞭な斑紋が2列とされているのを見て「そんなもん黒化した個体ではつかえんやろ。顔見ろ顔!」と思っていたのだが、上から見た経験がそれほど無く、横からすがめるようにしてみて、タイワンドジョウ顔しているのと、今回に関しては斑紋がハッキリしている個体なので、タイワンドジョウであるとやや自信なく同定した。
旅の途中はまあ「タイワンドジョウだったな」で納得していたのだが、帰ってきてタイワンドジョウであったことをしっかり裏付けようとして、同定の迷宮に迷い込んでしまった。ホントにこいつらはタイワンドジョウなのか?
天然の分布域的にはアムール川流域から長江流域がカムルチー、長江以南がタイワンドジョウなので香港には天然分布としてはタイワンドジョウがいるはずである。
しかしながら、香港の市場には世界中から魚が集まっているだろうし、養殖場や釣り堀にカムルチーが持ち込まれ、天然にも帰化していてもおかしくない。
ここで、ネットで「香港 カムルチー」とか「香港 市場 タイワンドジョウ」とか検索かけまくって、いろんな情報に接した結果、自分の中でカムルチーとタイワンドジョウの同定がゲシュタルト崩壊をおこしてしまった。
「香港で釣れるのはカムルチー」としている香港在住らしい釣り人のブログ記事があり、「カムルチー 香港市場にて」とされる写真にタイワンドジョウの顔をした魚が写っていたりして、事実がどうにも分からなくなった。
そういう目で見始めると、村田さんのブログの写真にも1匹カムルチーぽいのがいる。釣り堀で釣ったとのことだったが、当然香港にはタイワンドジョウだと思っていたので、これもタイワンドジョウだと思っていたのだが、改めてみるとカムルチーにも見える。横からみればどちらか顔で分かると思っていたのにこの個体がどちらだと自信を持って判別できない。
散々釣ってきたカムルチーとあまり釣ってはいないけどタイワンドジョウは写真やらは沢山見てきてたので、カムルチーとタイワンドジョウの同定には自信があった。それが根本から揺らいだ。
揺らいだので、もっと沢山の写真を見て、理屈でないレベルで判定できるようになるまで見まくろうと、カムルチー、タイワンドジョウそれぞれ、いろんな個体の写真を紹介しているサイトを中心に写真を数見る作業をやってみた。
結果、かなり信頼の置けるサイトでもどうも完璧ではないような気がしてきた。どう見てもタイワンドジョウにしか見えない個体でカムルチーとされている写真がチョコチョコあるのである。というのが分かるぐらいには自分の目は利いているようなのである。
となると、村田さんのブログの個体は何なのか、自分の目利きがそれほど悪くはない線いっているらしいので、それでも判別難しい個体もあるのかなと思いつつ、どちらか気になったので、さいわい臀鰭が綺麗に写っているので、臀鰭の軟条数を数えて確定させようと、軟条に色でマークを付けながら数えてみた。カムルチーなら臀鰭軟条数31〜35本、タイワンドジョウなら26〜29本である。色や模様と違って数で白黒付くので骨や軟条を数えるのは同定するには決定的な手法となり得る。
数えた結果、30本!何じゃこの結果は!?どちらでもないのか、写真の写りが悪く本当はもう1、2本あってカムルチーなのか?
調べてみるとどうもカムルチーとタイワンドジョウには交雑個体があり得るらしい。数え間違いではないような気がするので、どうも交雑個体と考えた方がしっくりくる。それならどちらか判別できなかったのも腑に落ちる。
やっぱり顔である程度は判別できるように思う。その際に軟条数が少ないことからもタイワンドジョウが体も短く、顔も短いという縦横バランス的な部分の他に、模様としては顔の横、頬のあたりとでもいうのか、えらぶたの上の斑紋の目の後ろに連なる部分がクッキリしているのが、よっぽど極端に黒化している個体意外では割と使える判断基準のような気がする。写真の丸で囲った部分である。これが縁がクッキリとして黒いのはタイワンドジョウだと思う。カムルチーだと黒さがタイワンドジョウほどではなく印象としてボンヤリとした斑紋になっていることが多い。顔の長さとあわせて「カムルチーっぽい」としか言いようのない顔になっている。
ということで、香港には天然分布は基本タイワンドジョウ。流通しているのはタイワンドジョウメインでたまにカムルチーもいる。どうも交雑個体もあるらしい。ぐらいが今のところの当方の頭の中の整理である。
市場を歩いているときも、脳内検索しつつ楽しく逍遙したが、帰ってきてからも「ハタ問題」、「ライギョ問題」なかなかに歯ごたえのある問題で、苦戦しつつも堪能できた。
生物なので、今回のライギョの交雑っぽい個体のように、白黒つかない部分もあるけど、それも含めた多様性に富んだ生物のありようと、それを食べたり釣ったりする文化や、養殖したりする技術、学術的な部分など、興味は広がっていくし楽しみは尽きないと感じている。
なかなか現時点で、すべてをスッキリと同定しきれる力量がないことが明らかとなって悔しい部分もあるが、「知らざるを知らずと為す、是知るなり」という孔子様のお言葉に励まされつつ、これからも一所懸命に魚とそれを取り巻く森羅万象を見ていきたい。
<参考>
○ウェブ
「Web魚図鑑」
「ボウズコンニャクの市場魚図鑑」
「国境際の釣り師達」
ほか
○本
中坊徹次編「日本産魚類検索−全種の同定−」東海大学出版会
(2014.6.21)